奥琵琶湖、葛籠尾(つづらお)崎の西側に広がる長浜市西浅井町菅浦の湖岸集落景観が、平成26年10月6日、国の重要文化的景観に選定されました。

随筆家白洲正子さんの「かくれ里」(新潮社1971年)にも紹介され、奥琵琶湖の隠れ里ともいわれる「菅浦」は、琵琶湖と険しい山々とに囲まれ、周囲とやや隔絶したその地理的環境から、独自の歴史と文化を育んできました。
中世には、「惣(そう)」といわれる自治的村落を全国的にもいち早く形成し、住民自らによる自治が発達してきました。また、早くから警察・軍事が行われ、罪を犯した者を裁くこともしていました。また、集落の東西には、「四足門」と呼ばれる門が残されおり、村の内外を明確に分けるために建てられた標識です。人の出入りを厳しくチェックし村の安全を守っていた名残を示す貴重な建造物です。特に鎌倉-江戸時代の動向を記す「菅浦文書」(国指定重要文化財)などは、集落構造や村おきてなどを伝える貴重な史料となっています。

西の四足門をくぐると、かつてこの地に隠れ住んでいたと伝えられる淳仁天皇を祀る須賀神社があります。本社は清浄が保たれ、村では手水舎より先は裸足で参拝するしきたりとなっています。
祭りも、スガの春祭りのために多くの人が帰省し、いまでも独特の伝統を色濃く受けついでいます。また、集落内には石積みの施された細い道がめぐり、伝統的な建築様式の家屋や土蔵が建ち並んでいます。

菅浦のくらしについては、漁業や稲作はもちろんのこと、林業や果樹栽培も行っています。明治以降はタバコ、養蚕、そして戦後は、ヤンマーの家庭工場が多数建てられ菅浦の生計を支えてきたように、人々は、世の中の情勢を機敏に把握し、限られた環境を巧みに利用して暮らしてきました。その生業や暮らしぶりが菅浦の景観を特徴づけています。

菅浦写真 菅浦写真 菅浦写真 

菅浦写真 菅浦写真 菅浦写真

菅浦写真 菅浦写真 菅浦写真

菅浦写真 菅浦写真 菅浦写真