シリーズ「ながはまの文化財」(平成24年1月1日号)
国宝「金銀鍍透彫華籠(神照寺)」
・指定日:昭和27年11月22日
・所在地:長浜市新庄寺町
神照寺(じんしょうじ)は、萩の寺としても知られる名刹です。そんな名高い神照寺の寺宝の中でも、逸品中の逸品が金銀鍍透彫華籠(きんぎんとすかしぼりけこ)です。
華籠とは花を盛るための器で、仏像や堂塔の供養ために僧侶が生花や散華(さんげ・=蓮弁形の紙片)を振りまく散華法要で使います。多くは正倉院宝物のような竹編製ですが、神照寺に伝わる16枚の華籠は銅製で、唯一国宝に指定されています。アメリカ・ホノルル美術館と福岡市美術館にも神照寺と同じ華籠が1枚ずつ伝わっています。
厚さ1.5ミリメートルの銅板に、文様を切り透かす透彫(すかしぼり)という技法を用いて宝相華唐草文(ほうそうげからくさもん)を表し、金色と銀色の鍍金(めっき)を掛け分けています。宝相華とは仏教における空想上の花で、それを唐草文、つまり蔓状につなげて絡め合わせた文様で表しています(写真中)。中心から3方向に枝葉を広げ、さらに、細部を面的に彫り込んで高低差をつける鋤彫(すきぼり)の技法によって、宝相華に立体感と写実性を与えています。文様が華籠の下面(外側)にのみ彫られているのは、散華僧が舞台上で華籠を携える様子を下から仰ぎ見ることを意識してのことと考えられています。
16枚の華籠は、宝相華の表現と彫金技法の違いから大きく2つのグループに分かれます。ひとつは平安時代後期(12世紀頃)につくられた5枚のグループです(写真上)。特徴的な細長い花びらの宝相華が当時の仏画にもみられることから、デザインには仏画を制作する会仏師(えぶっし)があたり、それを飾仏師(かざりぶっし)が彫金したと考えられています。
もうひとつは南北朝時代(14世紀頃)につくられた11枚のグループで、当時の神照寺再興事業の際に追加されたものと考えられています(写真下)。同じ文様を反転させた4枚と7枚の2グループに分かれますが、これは舞台上で左右2列に並んだ散華僧が使用することを想定してのことと考えられています。
きわめて精緻で繊細な細工が施された、長浜を代表する工芸品といえるでしょう。9月には、萩まつりとあわせて宝物殿特別拝観も開催されますので、あわせてご観覧ください。
(『広報ながはま』平成24年1月1日号より)



