高月観音の里資料館
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  特別陳列
 「米原市大野木の大日如来」

                                         

                      期間: 平成28年7月16日(土)-9月19日(月・祝)
 
木造大日如来坐像 1躯 (米原市指定文化財) 室町時代
 
 開催趣旨
 米原市大野木(旧山東町)の大日堂の改修工事に伴い、本尊の木造大日如来坐像(米原市指定文化財)を高月観音の里資料館でお預かりすることになりました。これにあわせ、特別陳列を開催します。
 この像は、法界定印を結ぶ胎蔵界の大日如来です。もとは膽吹(いぶき)山寺に安置されていましたが、兵火の際に、一人の僧が清滝寺へ移そうとする途中、大峯山まで来て力尽き、土中に埋めたといいます。その後、この山の持ち主が夢告を受け、像を探してお堂を建てて安置。宝暦年間(1751〜64)に集落の共有仏として、八相宮(はっそうぐう)境内に堂を建て、現在に至ると伝えます。堂々とした尊容で、室町時代、14世紀頃の作とみられます。
 戦火をくぐり抜け、村人たちに守られてきたホトケをとおして、地域に受け継がれ今なお息づいている信仰文化を感じ取っていただければ幸いです。

 展示説明会
 平成28年7月30日(土)午後1時30分から
 会場:2階展示室にて
 
 
  第10回
 「観音検定ジュニア」
 
                                         


                  期間: 平成28年7月16日(土)-8月31日(水
期間
平成28年7月16日(土)-8月31日(水)

会場 高月観音の里資料館展示室
参加料
無料 (ただし入館料が別途必要)
*長浜市、米原市の小中学生は入館料無料
詳細  観音検定ジュニアは、観音の里とよばれる湖北地域の歴史や文化のすばらしさを再発見してもらうための子ども対象の検定です。
 単に、知識を問うだけの検定ではなく、じっくり見て、聞いて、感じることで、自ら考え、調べる楽しさを体感してもらうことを目的としています。
問題は、小学校低学年・高学年、中学生の3コース(各10問)。
 展示を見ながら、問題の答えをさがします。館のスタッフもお手伝いします。
10問中8問以上正解で認定証を授与。
 ご家族でぜひどうぞ!申込みは不要。期間中はいつでも参加できます。


 
主催:高月観音の里歴史民俗資料館・NPO「花と観音の里」の共催
 
  特別陳列 布施美術館6
 「富岡鉄斎の精神世界 〜鉄斎絵画から紐解く〜
 
                                         


                       期間: 平成28年3月23日(水)-5月8日(日)
 
「書斎の鉄斎」写真提供「清荒神清澄寺 鉄斎美術館」明治43年(1910)75歳
 
 開催趣旨
 高月観音の里歴史民俗資料館では、長浜市高月町唐川に建つ一般財団法人 布施美術館(非公開)の協力を受け布施美術館名品展6「富岡鉄斎の精神世界〜鉄斎絵画から紐解く〜」を開催します。布施美術館には、当地に生まれた医師・故布施巻太郎氏が収集したすぐれたコレクションが収蔵されています。とくに直接交流のあった文人画の巨匠富岡鉄斎(1836〜1924)の作品を数多く所蔵することで有名です。
 鉄斎絵画の魅力の一つは、鉄斎が旅した日本の風景画や山水画、道釈画など、表情豊かに描かれた多彩なモチーフといえます。また鉄斎は、自身の作品での賛の重要性を強調していたといわれ、その1つ1つの言葉から鉄斎の思いを垣間見ることができます。本展では鉄斎絵画のモチーフやそこに書かれた賛を通じ、鉄斎の精神世界を読み解いていきます。 
※賛=絵画に添えられた詩や文章
※道釈画=道教や仏教に関する人物が描かれた絵

 展示説明会
 平成28年3月26日(土)、4月16日(土) 各日とも午後1時30分から
 会場:2階展示室にて
 
▼山荘談会図
1.山荘談会図 1幅 絹本著色
 143.8×42.2p 70歳代

 青や緑が映える、群青(ぐんじょう)や緑青(ろくしょう)の絵の具で描く青緑(せいりょく)山水である。鉄斎の描く山水には青緑山水も多く、墨画にも青と緑を効果的に用いている。

賛の大意:私は山を描くのが好きで画家になった。ただ真景を尋ねて、それを長いこと学んだだけで、別に師について学んだのではない。筆を執って気に入った作品ができると、この雲烟(うんえん)はうまく描けたなどと批評して、楽しんで疲れることがない。
▼新年楽事図
2.新年楽事図 1幅 紙本墨画
 134.5×33.5cm 大正13年(1924) 89歳

 鉄斎の作品の源流の一つが彼の読んだ厖大(ぼうだい)な書物であり、書物から選んだ絵のモチーフや賛が数多く描かれている。鉄斎は、生涯多くの書物を集め、ついには明治44年(1911)に増え続ける蔵書を収める書庫「賜楓書楼(しふうしょろう)」を、大正11年(1922)に「魁星閣(かいせいかく)」を京都の自宅に建てた。絵はその2つの書庫「賜楓書楼」と「魁星閣」を、鉄斎が亡くなる大正13年(1924)の正月に描いたもの。
 
▼魚籃観音像
3.魚籃観音像 1幅 絹本著色
 124.0×51.6cm 50歳代

 中国、唐の時代に魚を売る美女がいた。結婚を申し込む人々に対し、美女は『法華経(ほけきょう)』などの経典を暗記できる者を婿に選び、馬氏(ばし)の子と結婚することになったが、実はこの美女は観音の化身であったという。魚籃観音はこの故事から生まれたといわれ、手に魚籠(びく)を持つ姿などで表される。鉄斎は神官でもあったが、鉄斎にとっては神も仏も衆生を救うもの。観音像をはじめ多くの仏画を描いている。
4.呂洞賓・凌波仙図 2曲1隻 紙本著色
 各135.5×63.0p 50歳代

 呂洞賓(りょどうひん)は中国唐代の人でのちに仙人となり、中国の民間信仰の中で八仙と呼ばれ人気のある8人の仙人の1人となった。市井(しせい)に現れ多くの人々を救い、詩を書き残したと伝わり、八仙の中でも最も人気のある仙人である。
 もう一つの絵は、中国、元(げん)の詩人・楊鉄崖(ようてつがい)(1296〜1370)が詠んだ湘(しょう)水(長江の支流・湘江(しょうこう))に現れた女神についての詩を元に描いたもの。中国古代の伝説上の王である舜(しゅん)に嫁いだ娥皇(がこう)と女英(じょえい)の姉妹は、舜の死後あとを追い湘(しょう)水に入水し女神になったという。
5.乗瓢浮海図 1幅 紙本著色
 106.0×21.5p 明治41年(1908) 73歳

 荘子(そうし)(生没年不詳)は中国、戦国時代(前403〜前221)の思想家で、その思想は道教にも影響を与えた。絵の題材は荘子が記したとされる『荘子(そうじ)・逍遙遊(しょうようゆう)』に載る話。荘子と同時代の思想家・恵子(けいし)が大きな瓢箪を手にしたが使い道を見出せずに砕いてしまった。これを見た荘子は「なぜ瓢箪を使って、江湖(こうこ)に浮かぶことを考えなかったのか、形に拘泥しているので、心が自由でない。」と言った。世俗の形にとらわれる恵子に対し、荘子が言う心の赴くまま自由に遊ぶ心境が作品に表される。

※賛の大意は、鉄斎研究所『鉄斎研究』42号、48号、49号を参考にした。
▲乗瓢浮海図
 
  特別陳列
 「庶民のホトケ ―湖北の地蔵菩薩―
 
                                         


                       期間: 平成27年10月28日(水)-12月6日(日)
 
洞戸自治会地蔵(正面) 
 
 開催趣旨
 高月観音の里歴史民俗資料館では、標記の展覧会を開催します。
 湖北地方は、奈良・平安時代にさかのぼる数多くの仏像を伝える文化財の宝庫であり、特に観音像が多いことから「観音の里」と呼ばれています。これらのホトケたちは、村々の小堂にひっそりと安置され、民衆によって守られていることに特色があります。
 観音菩薩と並んで民衆に愛されてきたホトケに地蔵菩薩があります。地蔵菩薩も古くから庶民の身近な存在として親しまれ、子安地蔵・延命地蔵などとして広く信仰を集めてきました。
 この企画展示では、湖北地方における地蔵信仰とその美術を展示紹介します。湖北地域の歴史・信仰・文化等を再確認していただくとともに、本展示が「ホトケを守るこころ」を未来へとつなげるための一助になれば幸いです。

1.絹本著色十王像(けんぽんちゃくしょくじゅうおうぞう) 10幅
 附(つけたり) 絹本著色地蔵菩薩像(けんぽんちゃくしょくじぞうぼさつぞう) 1幅
十王像:各縦106.0cm×横47.8cm
地蔵像:縦101.6cm×横42.3cm
南北朝〜室町時代、長浜市指定文化財
神照寺(じんしょうじ)蔵(長浜市新庄寺町)

 救済者である地蔵菩薩の対局として、死者の忌日における十王の裁判を1幅ずつに分けて描く。それぞれ十王を中心に冥官と鬼形の獄吏(ごくり)を配し、亡者を折檻する情景を示す。この本画は中国宋・元時代の舶載品をもとにわが国で制作されたものであろう。
 一方の地蔵菩薩像は、剃髪相(ていはつそう)で袈裟(けさ)を着け、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠を執り、地獄で死者を裁く十王と対照的な六道(ろくどう)救済者としての姿を表す。本画は十王像と一具のものと考えられ、頭上に天蓋(てんがい)を配し、平らな頭頂と湾曲した髪際(はっさい)、截金(きりかね)による衣の文様などが特徴。
※六道=地獄道・餓鬼道・畜生道・阿修羅道・人間道・天上道の6つの世界。
 
   
地蔵菩薩像   十王像
           
2.木造地蔵菩薩立像(もくぞうじぞうぼさつりゅうぞう) 2躯(く)
鞘仏(さやぼとけ):像高100.3cm、江戸時代
胎内仏(たいないぶつ):像高51.6cm、室町時代
洞戸(ほらど)自治会蔵(長浜市高月町洞戸)

 洞戸の地蔵堂に安置される地蔵菩薩立像。鞘仏は、村の老人が自らの腹を切り地蔵菩薩立像を守ったという伝承に基づき、昔から村人により守られてきた像を納めるために作られた。像の背中に蓋板(ふたいた)がはめられており、像内は胎内仏を納入する工夫が凝らされている。
 鞘仏の中に納められている地蔵菩薩立像(胎内仏)は、ヒノキ材の一木造で、右手先を欠く。衲衣(のうえ)には墨で簡素な文様が描かれる。信長による兵火で堂が焼ける際、一人の村の老人が自らの腹を切り、この仏を腹に入れ戦禍から守ったと伝わる。
 
   
  手前:胎内仏
奥:鞘仏
  鞘仏背面
           
3.木造地蔵菩薩立像 1躯
像高72.5cm、平安時代後期
円行寺(えんぎょうじ)蔵(長浜市高月町西柳野)

 西柳野地蔵堂に安置される地蔵菩薩立像。表面は近世〜近代の修理により厚い彩色で覆われているが、衣文(えもん)の彫りは浅く簡略化・形式化しており、像の奥行も浅く平安時代後半の制作と考えられる。湖北では、この像のように平安期の仏が幾度もの修理を経て大切に守り伝えられている。
 
 
  企画展
 「雨森芳洲と朝鮮通信使〜未来を照らす交流の遺産〜
 
                                         


                        期間: 平成27年9月2日(水)-10月25日(日)

 
雨森芳洲像 芳洲会蔵(高月観音の里歴史民俗資料館保管) 
 
 開催趣旨
 国交正常化50周年の今年、日本と韓国が手を携えて、共同提案の形で、「善隣交流の歴史〜朝鮮通信使に関する記録〜」をユネスコの記憶遺産に登録申請しようとする取り組みが進められています。その登録リストの核となる史料の一つは、芳洲会が所有し長浜市が管理団体となっている重要文化財「雨森芳洲関係資料」(高月観音の里歴史民俗資料館)です。
 本市では、このユネスコ記憶遺産登録推進事業として、企画展やシンポジウム等を開催し、朝鮮通信使の概要や歴史的意義を再確認し、郷土の先人・雨森芳洲の思想や果たした役割、そして思想史や国際関係史の中での芳洲の実績を明らかにし、芳洲が目指した「誠信」の心を全国に向けて発信します。
         
朝鮮通信使瓦人形
1点 
近江八幡市蔵

 通信使を模した大型の瓦人形で、両手の状態からみると、旗持ちか蓋持ちの人物であろう。顔の表情・帽子・服装の襞、留めた帯など丁寧に作られ、黒・青・赤の泥絵具と金を使って彩色される。当時の鬼瓦作りの職人が顧客向けの贈り物として製作したもので、宝暦14年(1764)の第11回通信使をモデルにしたものと考えられている。
   
老子図 雨森芳洲賛
1幅 掛幅装 
個人蔵

 朝鮮の絵師が描いた老子図に、芳洲が賛を付したもの。芳洲が亡くなる前年、宝暦4年(1754)87歳の時のもので、芳洲に替わり孫の涓庵が書している。芳洲の引首印や雅印とともに、涓庵の印も捺されている。通信使は、この年に来日していないことから、贈られた後年に賛じたものであろう。
 
 
  朝鮮通信使詩巻 朴矩軒ほか筆
1巻 巻子装 
高月観音の里歴史民俗資料館蔵

 高月町井口出身の松井(まつい)原泉(げんせん)(1698〜1762)は、京都古義堂伊藤東涯に学んだ儒学者である。17歳の時、膳所藩に仕官し、寛延元年、第10次通信使来日の際には藩命により、膳所城下にて通信使接伴の任につき、製述官朴(パク)敬行(キョンヘン)(矩軒(クホン))、正使書記李(イ)鳳煥(ボンファン)(済庵(チェアム))、副使書記柳(ユ)逅(フ)(酔雪(チュイソル))、従事官書記李(イ)命啓(ミョンゲ)(海皐(ヘゴ))ら文人4名と詩文の唱和を行った。
 
 
  
琵琶湖之図
1幅 掛幅装 
滋賀県立琵琶湖文化館蔵

 琵琶湖畔をゆく朝鮮通信使の行列が描かれた、唯一の絵画資料。画面中央に大きく琵琶湖を描き、それをとりまく景観をパノラマ状に描く。右下には、さざなみ打ち寄せる琵琶湖畔の港(石場小舟入=大津市)と東海道の家並み、さらに街道を南へ向けて進む朝鮮通信使の行列が描かれる。行列の先頭には槍や矛、戟などが見え、続いて「清道」「令」旗を持つ者、騎馬の童子(陪童子)、冠をいただき騎馬で進む高位の人物、笠子帽を被り徒歩で進む者など、通信使一行の姿が描かれている。
 雄大な琵琶湖の風景を大胆な構図で表現しながら、朝鮮通信使の道行きを強く意識して描かれた絵画であり、通信使の琵琶湖来訪を回顧、また顕彰する目的で描かれた作品と考えられる。
 
 
  企画展・記念シンポジウム
 「雨森芳洲と朝鮮通信使 〜未来を照らす交流の遺産〜
 
                                    


                               期間: 平成27年10月17日(土)
 
 
 
 事業趣旨
 江戸時代に12回来日した朝鮮通信使と日本人との交流は、単に日朝間の和平だけでなく、東アジア地域の安定にも寄与した。その底流には、長浜の先人・雨森芳洲が説いた「誠信(誠意と信義)」の心があった。このシンポジウムでは、専門家等によるその基礎となる知識の講演と討議を市民等が聴講できる場を設け、朝鮮通信使の概要や歴史的意義を再確認し、雨森芳洲の思想や果たした役割、そして儒教や国際関係史の中での芳洲の実績等を明らかにしたい。
 
 
 
※参加申込みは不要です。直接会場へお越しください。 
 
 
  特別陳列
 「湖北考古学の黎明期−パイオニアたちの発見−」
 
                                         


                        期間: 平成27年7月8日(水)-8月30日(日)
 
 開催趣旨
 長浜市の遺跡は829か所を数え、その数は県内随一です。遺物の年代も、縄文・弥生・古墳時代から近世に至るまで幅広く、現在も土地開発に伴う行政発掘などによって発見が続いています。
 このような埋蔵文化財の発掘・採集は、湖北地域においては明治期から行われ、大正期の郡志・町史編纂の機運と連動して盛んになっていきました。そして、その現場には考古学の専門家とともに地元の郷土史家や採集家の姿がありました。
 この特別陳列では、湖北地域の考古学・埋蔵文化財調査の黎明期において、草分けとなった研究者や郷土史家、採集家などを紹介し、先覚者たちの業績を振り返ります。
石之長者(いしのちょうじゃ)木内石亭(きうちせきてい)全集
紙本印刷、和綴冊子装、近代(昭和11年・1936)
高月観音の里歴史民俗資料館蔵

中川泉三が郡志編纂で収集した木内石亭(1724〜1808)の遺物・遺文を編集し、財団法人下郷(しもごう)共済会が発行した全集。非売品として研究者などに配布した。栗太郡(現:草津市)出身の石亭は奇石の収集家で、考古学の祖と仰がれる。題字は徳富蘇峰(とくとみそほう)、序文は浜田青陵(はまだせいりょう)。
   
耳環(じかん) 6点/管玉(くだたま) 2個
松尾宮山古墳群出土(長浜市高月町松尾) 覚念寺蔵
耳環:外径3.3×管径0.8/外径3.2×管径0.8/外径2.6×管径0.8/外径2.4×管径0.6
管玉:径0.8×長さ2.5/径0.9×長さ2.5(古墳時代)

 松尾宮山古墳群(県指定史跡)の石棺から明治期に採集された装身具。土器とともに銅製の耳飾りや碧玉(へきぎょく)製の首飾りの一部などが見つかっていて、中川泉三が編纂し梅原末治が古代編を執筆した『伊香郡志(いかぐんし)』にも掲載されている。当時の古墳発見届とともに松尾集落内の覚念寺に保管されている。
 
   
合口甕棺(あわせぐちかめかん) 2口
杉沢遺跡出土(米原市杉沢) 長浜城歴史博物館蔵
大:口径32.5×高さ41.0/小:口径31.5×高さ35.5(縄文時代晩期)

 2つの甕の口を合わせ、中に遺体を埋葬したもの。杉沢遺跡は大正13年(1924)に中川泉三が石器や石斧を紹介し、昭和13年(1938)に小林行雄がこの甕棺を発掘して全国的に有名になった。小江慶雄もまた昭和29年(1954)に別の合口甕棺を発掘している。
 
 
   
深鉢形(ふかばちがた)土器 1口
葛籠尾崎(つづらおざき)湖底遺跡出土(長浜市湖北町尾上) 個人蔵
口径29.3×高さ40.8(縄文時代中期)

 大正13年(1924)に最初に発見された土器の一つ。琵琶湖の水深70m近くから漁師の網にかかって引き上げられた。この遺跡の土器は縄文から古墳時代までまんべんなく出土し、完形品が多いことが特徴で、昭和34年(1959)には小江慶雄が日本で初めて考古学調査にスキューバ潜水を取り入れた。
 
 
   
内行花文鏡(ないこうかもんきょう) 1面
塚原古墳群出土(長浜市醍醐町) 浅井歴史民俗資料館蔵(八雲書院)
面径9.5(古墳時代)

 昭和25年(1950)に浅井中学校の教諭によって横穴式石室から採集された。内区の文様が弧形によって形作られたもので、中国鏡を模した国産鏡とされる。発見当初は欠失した部分もあったという。八雲書院が設置された浅井中学校では、田中礎の意志を受け継いだ教諭や生徒が、考古遺物を発見しては八雲書院の資料として追加していった。
 
 
   
 
   
中村林一(りんいち)『大福帳』 125冊
紙本墨書 冊子装 現代 
長浜城歴史博物館蔵(中村林一コレクション)
縦13.9×横19.9

 昭和28年(1953)3月から50年(1975)12月まで書き溜められた、中村林一の調査・研究ノート。考古資料のみならず、もっとも得意とする古文書や金石銘、美術工芸品、花押・印章までが、忠実な図解と緻密な墨書で所狭しと記される。湖北地域の郷土史家のリーダーであった情熱と情報量がうかがわれる。
 
 
※法量の単位はすべてcm(センチメートル)になります。 
 
  開館30周年記念 特別陳列
 「古保利古墳群」
 
                                         


                  期間: 平成26年7月30日(水)-9月23日(火・祝)
 
開館30周年記念特別陳列「古保利古墳群」 
 
 開催趣旨

 開館30周年を記念して、国指定史跡「古保利古墳群」の特別陳列を開催します。
古保利古墳群は、わが国最古級・最大級の古墳群として国史跡に指定されており、大陸との交流を示す資料や、初期古墳を考える上で貴重な考古資料等が確認されています。 
 3世紀中頃から築造が始まっており、全国的に見ても、この時代の古墳群は非常に少なく、奈良県の纏向(まきむく)古墳群くらいしかありません。
 古保利古墳群の古墳総数は約130基で、前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳など多くの種類の古墳があり、全国的にも有数の古墳群と言えるでしょう。出土資料としては、大陸との交流を示す前漢鏡が2面や、畿内初期古墳の首長墓の儀式で使用していた特殊な壺形土器などが出土しています。
 本展では、これらの資料を取り上げ、湖北地域が当時の先進地であったことを明らかにするとともに、当時の伊香郡・坂田郡・浅井郡の主要古墳出土資料にも注目し、湖北地域の有力者の姿に迫ります。
方格規矩(ほうかくきく)鏡(きょう)(漢鏡)
小松古墳出土品

 中国製の銅鏡で、大陸との関わりが考えられる。よく使い込まれ、磨滅しており、意図的に破砕(葬送儀礼に使う目的で、鏡を壊した)し、葬送儀礼に使用した。この儀礼は、西日本の首長層が行う共通儀礼を行っていたことを証明するもので、貴重な発見となった。また漢鏡は、地域の王の財力と権力を示すシンボルのひとつとも考えられる。3世紀前半ころの資料。
方格規矩(ほうかくきく)鏡(きょう)(漢鏡)
   
須恵器(すえき)甕(かめ) 
大森古墳出土品
口径23.2p×高さ43.1p

 高月の古墳時代を代表する大森古墳より出土したもの。再葬(土器棺)に使用したもので、水甕や酒甕の流用品とみられる。
 須恵器という、大陸系渡来人によって広められた陶質土器で、全国の遺跡より多数出土する。6世紀前半ころの資料。
 
   須恵器(すえき)甕(かめ)
 
古保利古墳群全景 
 ▲ 古保利古墳群全景
 
 塩津湾を隔てた古墳群の遠景写真。山稜部に多数の前方後円墳・前方後方墳・円墳などが並ぶ。これらの古墳群は、日本最古級であり、日本最大級でもあるため、国指定史跡に指定されている。

展示説明会
日時:平成26年8月9日(土)午後1時30分から
会場:高月観音の里歴史民俗資料館
説明者:高月観音の里歴史民俗資料館 学芸員
 
  第8回
 「観音検定ジュニア」
 
                                         


                  期間: 平成26年7月19日(土)-9月1日(月
期間
平成26年7月19日(土)-9月1日(月)

会場 高月観音の里資料館展示室
参加料
無料 (ただし入館料が別途必要)
*長浜市、米原市の小中学生は入館料無料
詳細  観音検定ジュニアは、観音の里とよばれる湖北地域の歴史や文化のすばらしさを再発見してもらうための子ども対象の検定です。
 単に、知識を問うだけの検定ではなく、じっくり見て、聞いて、感じることで、自ら考え、調べる楽しさを体感してもらうことを目的としています。
問題は、小学校低学年・高学年、中学生の3コース(各10問)。
 展示を見ながら、問題の答えをさがします。館のスタッフもお手伝いします。
10問中8問以上正解で認定証を授与。
 ご家族でぜひどうぞ!申込みは不要。期間中はいつでも参加できます。


 
主催:高月観音の里歴史民俗資料館・NPO「花と観音の里」の共催
 
  黒田官兵衛博覧会連携会場・開館30周年記念
 特別企画「戦火をくぐり抜けたホトケたち」 


                会期:平成26年4月2日(水)からまで12月28日(日)まで
  
戦火をくぐり抜けたホトケたち 
 開催趣旨

高月観音の里歴史民俗資料館は、「観音の里」地域の総合資料センターとして、歴史的遺産の調査研究と保存をはかり、また広く文化財を公開しつつ地域の信仰文化を紹介するため、旧高月町町制30周年の昭和59年秋に開館し、今秋、開館30年を迎えます。また今年は、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』の放映に伴い、「黒田官兵衛博覧会」が開催され、観音の里資料館もその連携会場となりました。これを記念して、特色ある地域の信仰文化やその歴史をテーマとする特別企画「戦火をくぐりぬけたホトケたち」を開催します。


 
 湖北地方は奈良・平安時代にさかのぼる数多くの仏像を伝え、「文化財の宝庫」と呼ばれています。 しかし奈良・京都や県内の湖東・湖南に見られるような大寺院に伝わるのではなく、村々の小堂に安置され民衆によって守られていることに特色があります。
戦国時代、交通の要所にあたる湖北地方は、戦略上の重要なルートでありポイントでした。元亀元年(1570)姉川合戦、天正元年(1573)小谷城の戦い、同11年(1583)賤ヶ岳合戦など、湖北の地は幾度も戦乱の舞台となり社寺はことごとく焼かれました。しかし、ホトケたちは「土に埋められたり、川に沈められたり」して、民衆が献身的に守ったと伝えます。
 この特別企画では、戦火の中、民衆に守られたというエピソードを伝える仏像を実物資料やパネル等で展示し、信仰の歴史と今に息づくその「こころ」を紹介します。湖北地域の歴史・信仰・文化等を再確認していただくとともに、本展示が「守るこころ」を未来へとつなげるための一助になれば幸いです。

パネル展示
1 土中に埋められた観音さま(渡岸寺観音堂〔向源寺〕の国宝十一面観音と埋伏地の碑)
2 焼け傷んでも守り継がれる焼損仏(宇根観音堂の鞘仏と焼損本尊)
3 川に沈めて守られた観音さま(唐川赤後寺の平安仏二躯と赤川・枕石)
4 子どもたちと川で遊んだ「いも観音」(西黒田安念寺のいも観音)
5 腹を割いて匿ったお地蔵さま(洞戸地蔵堂の鞘仏と胎内仏)
など
 
会期中の企画展示
4月2日(水)-7月28日(月)特別陳列「尾山白山神社の木造大日如来坐像 4月9日(水)-12月28日(日)特別公開「川並地蔵堂の天部と破損仏」
4月2日(水)-8月18日(月)特別陳列「洞戸地蔵堂の地蔵菩薩と胎内仏 4月9日(水)-12月28日(日)特別公開「宇根冷水寺の破損仏」
4月2日(水)-12月28日(日)特別公開「尾山白山神社の破損仏」 4月23日(水)-6月9日(月)特別陳列「山本常楽寺の聖観音立像」
6月11日(水)-7月28日(月)「高月大円寺のホトケたち」
 
 
主な展示品     
     
大日如来坐像    
 大日如来坐像 1躯 高月町尾山:白山神社(平安時代、長浜市指定文化財)
一木造・古色・彫眼 像高139.0cm 平安時代
     
地蔵菩薩立像(鞘仏) 地蔵菩薩立像(胎内仏) 
地蔵菩薩立像(鞘仏) 
1躯 高月町洞戸:地蔵堂(江戸時代)
寄木造・古色・彫眼 像高100.3cm
 
   地蔵菩薩立像(胎内仏) 
1躯 高月町洞戸:地蔵堂(室町時代)
一木造・古色・彫眼 像高51.6cm
     
僧形坐像(焼損仏)  
僧形坐像(焼損仏) 1躯 高月町尾山:白山神社(平安時代)
一木造・彫眼 像高42.5cm  
  
天部形立像1     天部形立像2
天部形立像 2躯 余呉町川並:地蔵堂(平安時代、長浜市指定文化財)
一木造・彫眼 像高 左:104.7cm、右:98.4cm    
  
聖観音立像 
 聖観音立像 1躯 湖北町山本:常楽寺(平安時代、長浜市指定文化財)
一木造・古色・彫眼 像高101.8cm
 
菩薩形立像(朽損仏) 
   菩薩形立像(朽損仏) 1躯 木之本町黒田西黒田:安念寺(平安時代)
一木造・彫眼 像高152.5cm
 
千手観音立像 
千手観音立像 1躯 高月町高月:大円寺(室町時代、長浜市指定文化財)
一木造・素地・彫眼 像高154.0cm
 
 
繋馬図絵馬 
 繋馬図絵馬 1面 高月町高月:大円寺(江戸時代・寛永十七(1640)年、長浜市指定文化財)
板絵・著色 タテ76.5cm×ヨコ94.0cm
 
 
 
  黒田官兵衛博覧会連携会場・開館30周年記念 特別企画
 「戦火をくぐり抜けたホトケたち」 


                             会期:平成26年12月28日(日)まで
  腹を割いて守られたお地蔵さま(高月町洞戸地蔵堂)
 
木造地蔵菩薩立像(鞘仏)・地蔵菩薩立像(胎内仏)
 開催趣旨

特別企画「戦火をくぐり抜けたホトケたち」戦火の中、民衆に守られたという伝承やエピソードを、実物資料やパネル等で展示し、信仰の歴史と今に息づくそのこころを紹介しています。


 伝承

 かつて信長の兵火によって堂が焼けた際、救い出せないと悟った一人の老人が、自らの腹を割いて、その内に地蔵菩薩をかくまって焼失から守ったという。その後、江戸時代になって鞘仏が造られ、旧本尊はその胎内に納められた。村人の長寿延命と子どもたちを守る「延命子安地蔵」として今も地域に親しまれている。
展示予定資料
資料名 員数 年代 備考
1 木造大日如来坐像7 1躯 平安時代後期 高月町尾山・白山神社蔵
2 木造僧形坐像 1躯 平安時代 高月町尾山・白山神社蔵
3 木造地蔵菩薩立像 2躯
(1)鞘仏 江戸時代 高月町洞戸・地蔵堂蔵
(2胎内仏 室町時代 高月町洞戸・地蔵堂蔵
など
 
 
  企画展
 「ホトケの微笑み ホトケの怒り
〜松尾・雨森・川並の仏像〜」


                  会期: 平成25年10月23日(水)から12月1日(日)
聖観音立像(部分)(余呉町川並・地蔵堂 平安時代)
不動明王立像(部分)(高月町雨森・観音寺 江戸時代)
 開催趣旨

 湖北地方には、観音像をはじめ多くのホトケたちが残されています。そのホトケたちは、大きな寺社に護られてきたものだけではなく、地域の人々の暮らしに根付き、ホトケへの信仰心とともに、人々に長く受け継がれ守られてきました。湖北のホトケたちは、地域の人々の暮らし方や風土と深く結びついています。
 この企画展では、湖北の民衆に大切に守られてきた素朴な仏像を紹介し、湖北地方の心の文化に触れていただきます。本年度は、天台密教が栄えた己高山の有力な寺院「惣山之七箇寺」の一つに数えられている覚念寺(松尾寺・高月町松尾)、「天が降りる里」雨森の観音寺(高月町雨森)、余呉湖畔に建ち「子安の地蔵さん」と親しまれ広く信仰を集めている川並地蔵堂(余呉町川並)に安置されている観音像などのホトケたちを展観します。
 それぞれ個性的で表情豊かなホトケたちをとおして、地域に受け継がれ今なお息づいている信仰文化を感じ取っていただければ幸いです。


ギャラリートーク(展示説明会)のご案内
日時:平成25年11月10日(日)午後1時30分〜
会場:高月観音の里歴史民俗資料館2階展示室

展示予定資料
資料名 員数 時代 所有者 備考
1 十一面観音立像 1躯 室町〜江戸時代 覚念寺(松尾)
2 不動明王立像 1躯 江戸時代 覚念寺(松尾)
3 毘沙門天立像 1躯 江戸時代 覚念寺(松尾)
4 伝教大師坐像 1躯 江戸時代 覚念寺(松尾)
5 慈覚大師坐像 1躯 江戸時代 覚念寺(松尾)
6 千手観音立像 1躯 明治時代 観音寺(雨森)
7 不動明王立像 1躯 江戸時代 観音寺(雨森)
8 毘沙門天立像 1躯 江戸時代 観音寺(雨森)
9 薬師如来立像 1躯 平安時代 観音寺(雨森)
10 薬師如来坐像 1躯 室町時代 観音寺(雨森)
11 伝弁財天坐像 1躯 室町時代 観音寺(雨森)
12 聖観音立像 1躯 平安時代 川並地蔵堂
13 薬師如来立像 1躯 平安時代 川並地蔵堂
14 日光菩薩立像 1躯 江戸時代 川並地蔵堂
15 月光菩薩立像 1躯 江戸時代 川並地蔵堂
16 天部形立像 1躯 平安時代 川並地蔵堂 長浜市指定文化財
17 天部形立像 1躯 平安時代 川並地蔵堂 長浜市指定文化財
18 三十番神像 33躯 江戸時代 川並地蔵堂
19 破損仏 3点 平安時代 川並地蔵堂
千手観音立像(高月町雨森・観音寺 明治時代)
十一面観音立像(高月町松尾・覚念寺 室町〜江戸時代)
天部形立像(余呉町川並・地蔵堂 平安時代 長浜市指定文化財)
薬師如来坐像(高月町雨森・観音寺 室町時代)
伝教大師坐像(高月町松尾・覚念寺 江戸時代)
 
  特別陳列
 布施美術館名品展
 「湖北の農民画家・片山雅洲 〜その修業と交友〜」


                  会期: 平成25年9月4日(水)から10月20日(日)
長春双鶏図 明治29年初秋(1896)
 開催趣旨

 布施美術館は、長浜市高月町唐川に建つ財団法人の美術館です。ここには、当地に生まれた医師・故布施巻太郎氏(1881〜1970)が収集した、文人画の巨匠・富岡鉄斎の絵画をはじめとする、すぐれたコレクション約1,500点が収蔵されています。鉄斎のほか文人画や、仏教や歴史に関係する資料、医学・薬学関係資料、そして郷土・高月町出身の農民画家・片山雅洲(1872〜1942)の主要作品なども収められています。
 巻太郎氏は生前、「自ら収集したコレクションを、国民の文化遺産として永く後世に残したい、広く社会教育に活用したい」と考え、この美術館を創設しました。高月観音の里資料館では4年前より毎年1回、布施美術館のすぐれた所蔵資料を特別公開しています。今年は、郷土の画家・片山雅洲にスポットを当て、雅洲の青壮年期の作品や、故巻太郎氏をはじめとするその交友関係などを紹介します。
 この展示を通じて、湖北の農民画家・片山雅洲の画業や布施コレクションの価値を知っていただくとともに、故巻太郎氏の心にふれ、あわせて郷土文化を再発見する契機としていただければ幸いです。

 片山雅洲について

 片山雅洲は、高月町西物部出身の日本画家です。本名は清次郎(清二郎)。家業農事のかたわら、日本画の修業に励み、京都に出て熱意と才能でその頭角をあらわし、「長春双鶏図」と「孔雀図」は、いずれも全国絵画展で入賞しています。号を「雲峯」「徹巌」「片山璞」のほか、床に蛙のように這いつくばって描いていたので「ガマ」のアダ名から、「画魔」「画魔変人」とも名乗ります。
 その後、花開きつつある新しい日本画の世界に心を魅かれ、東京に出て近代日本画の巨匠橋本雅邦に入門、師の一字をもらい「雅洲」と改めました。農事のため上京と帰郷を繰り返し、後年は郷里にあって生涯作品を描き続けました。
 絵の手ほどきを受けた戸田北堂(1837?〜98)、京都で学んだ幸野楳嶺(1844〜95)・今尾景年(1845〜1924)、東京での橋本雅邦(1835〜1908)とその門下など、さまざまなつながりの中で雅洲は育てられました。また、建仁寺竹田黙雷・永源寺芦津石蓮両管長との交友は、雅洲を人間的にも大きく成長させました。
 さらに隣村唐川出身の布施巻太郎との出会いや、そのすぐれたコレクションの数々は、雅洲にとって大きな精神的・創作的刺激となりました。巻太郎は、生涯雅洲のよき理解者であり、また支援者でもありました。布施美術館には、雅洲の代表作のほとんどが所蔵されています。

主な展示資料
資料名 員数 年代 備考
1 関羽図 1幅 明治26年立春(1893) 22歳
2 長春双鶏図 1幅 明治29年初秋(1896) 25歳。日本美術協会展入選作
3 孔雀図 1幅 明治30年春日(1897) 26歳。全国絵画共進会入選作
4 ダイオゼニス図 1幅 明治30年代後半力 同門の下村観山作の模写
5 己ケ部屋図 1幅 明治39年秋日(1906) 35歳
6 菊慈童図 1幅 明治42年7月(1909) 38歳。布施巻太郎の長男誕生を祝って贈ったもの
7 達磨大師図 1幅 明治43年秋日(1910) 39歳。永源寺管長芦津石蓮賛
8 達磨大師図 1幅 明治45年(1912) 41歳。建仁寺管長竹田黙雷賛
9 寒山子図 1幅 大正2年仲夏(1913) 42歳
 このほか、掛け軸・画帖・写生帖・愛用品(画印・筆・絵の具)など、約50件を展示紹介
菊慈童図 明治42年7月(1909)
自画像(「写生帖」より)